2023/10/12 著
しとしとと、久々に降った雨が地面を濡らしている。
神無月の真ん中。
あんなに燦々と降り注いだ日光も霧の中に佇めばまるで幻だったかのように脳裏から離れていく。
一人、森に入れば、辺りは整備された杉の木とそこに立ち込める白い霧。
此処は人里離れた山の中。

「あぁ、懐かしく感じるものだ」
塗れた髪を頬から払えばどこか寂し気に笑みを浮かべる闇色の姿がそこにはあった。
降り続く霧雨に傘をさす事もせず森を彷徨うそれは人里の喧騒を一時離れたい気持ちからなのだろうか。
それとも、ふと寂しく懐かしくなったからなのだろうか。
気付けば足はそこに向いていた。
天候などなにも気にする事はなかった。
元々、俺は自然の摂理の中の一つであり、それは”自我を認知される事のない”存在なのだから。
名を持ち姿を持ち己の赴くままに表現し、認知される事を望み、そして行動した。
闇の中のそれはとても彩をもたらし輝きを持った。
それらはとても尊く美しく、そして儚い。
維持するのは難しくそれでいて形を保ったままにする事に意味を見出す。
昨今の人間界における流行り廃りの移り変わりはとても早く視線の向くその趣味趣向は目まぐるしく変化していく。
変わりゆく色合いは俺に刺激を与え続け新たなインスピレーションへと繋げていく。
しかしその速度はあまりにも早く同時に疲れも伴った。
同時に慣れない自己表現に苦労することも珍しくはない。
何故、そこまでして”そこ”に留まるのか。
ぽつり、ぽつりと肩を叩く雨音は、葉から滴り落ちる物から己の髪を伝い落ちる物へと変わった。
昔のままの自然。
人の立ち入る事の難しい森の奥。
誰にも認知される事のない場所。
俺は、何にも認知される事は、ない。
留まる理由は、求める者が居るから。
自分に価値は見出していない。
それは昔も、今も変わらない。
なにか変わるのかと思っていた。
でもそんなことはないのだ。
様々な世界を知れば知るほど、己の努力などほんの些細なものであり、力は微々たるものなのだ。
それでも必要と、そう言葉を紡いだ者がいた。
言霊のような、甘い誘惑のような言葉。
己を求め、認めらる事が、どれ程の存在意義となるのか。
目を向けられはしても、ただ一つ俺を見つめてくる者はいなかった。
だからこそ、その居場所は”特別な場所”へと昇華した。
本当の色を見つけた気がした。
「…ありがとう」
ずっとこんな所には居られないのだと解っている。
それでも不意に、消えてしまいたいと思う時がある。
誰にも認知されない場所へ、奥、深くへと…
「呼ばれたら、きちんと帰るから、今は許しておくれ」
ふわりと笑めば空を仰ぐ。

いつの間にか霧は晴れ杉の派の隙間から日の光が降り注いでいた。
雨粒に濡れた葉の表面はキラキラと光を反射し宝石のように輝いている。
今まで見ることのなかった光の鮮やかさ。
この景色をくれたのは、”存在する事を赦してくれた者”のお陰だと、そう思うんだ。