2023/09/21 著
リリンッ、リリンッ…______
聞きなれない呼び鈴が部屋に響く。
閑静な住宅街の一角。
人間界に生きる人間があまり認知出来ないようまじないを掛けてあるこの家では、そう簡単に呼び鈴を聞く事は出来ない。
つまり、この呼び鈴を鳴らしている存在は、「人間ではない」。
家の主である闇色は戸惑いながら玄関を開ける。
そこに居たのは
「お久しぶりですね、ヴォッドリース」
最初出会った時の姿をした情報神・テンマスティだった。

とぽとぽっ、と暖かい湯気を上げながら注がれるのは甘い香りを伴ったフルーツティ。
「さくらんぼ…ですか?」
午後の暖かい日差しを受け、鮮やかな赤色を反射させながら揺らめくティーカップを眺める。
柔らかく甘い香りながらどこか甘酸っぱさを感じるその香りはあまり体感した事ないような新鮮さを感じる。
「良く解ったね。先日出かけた時に見かけたんだ。風味が気になって思わず購入してしまったんだよ」
少し照れくさそうに笑えばティーカップを差し出す闇色。
軽く礼を述べてティーカップを手に取るテンマスティ。
水面を回すように傾ければほんわりと香りが湧き上がってくる。
フルーティーな香りは口にすると同時に弾けるように広がり一気に肩の力が抜けていくようだ。
「美味しい…」
ほうっ…と息をつけば半分も飲んでしまった。
「口に合って良かった」
その様子を嬉しそうに眺めればふんわりとした笑みを浮かべる闇色。
「まさか人間界にあるここを特定して来るとは思わなかった」
「…たまたま人間界に来る用事がありましたからね」
「君も天界を不在にしているのは知っているよ」
「…知られていましたか」
「別に責めはしない。私自身も自由にしている身だからね」
苦笑しながら闇色は目を伏せる。
「君を生かす事を条件に仕事を押し付けたようなものだからな。それを果たして”生きる”と同じ意味になるのか、なんて考えずとも解る」
開け放たれた庭へと続く大きな窓。
彼の自責を孕んだ表情の後ろで柔らかく風に乗って揺らめくレースカーテンはまるで慰めるように優しく撫でるように光を反射した。
「いいえ、私はあの時貴方に助けられていなければ、今ここに存在することはできませんでしたから」
緩く首を振り微笑むテンマスティ。
「なにより、全く知らない世界を見せてくれた。普通の人間では体験する事も叶わないような、そんな体験を」
「…」
「なのでそこまでご自身を責めないでください。私は私の意思で行動し、そしてここに居るのですから」
「そうか…」
「…勿論、ちょっと自由過ぎるとは思いますけれどね???」
「ぅっ…」
しっかり釘を刺されてダメージを受ける闇色。
そんな様子にくすくすとおかしそうに笑うテンマスティ。

今までこんなゆっくりとした時間を過ごしたことのなかった二人だ。
お互いの意思が解っているからこそ、コミュニケーションよりも事を解決の為に行動していた。
その結果、こういった面と向かって話をするのはどこか新鮮な感覚を二人に感じさせた。
「もう500年は超えた仲だが、こうした時間を始めて感じるとはな」
「それは貴方が一か所に留まらないせいでしょう?」
「全くもってその通り」
うんうんと頷けば褒めてません、と突っ込まれ縮こまる闇色。
「…だから不思議だったのですよ、貴方が一か所に留まったのはなぜなのか」
「何故…か…。考えた事もなかったな…」
恐らく今回訪問の本質であろう質問に首をかしげる闇色。
確かに今まで一か所に留まる事は殆どなく放浪してきた。
同じ場所に留まるよりも新しい何かを見る事が好きだったからだ。
今でもそれは変わらない。
新しい事には興味もあるし知りたいという気持ちもある。
もし何か変わったとするなら、それは…_____
少し傾いた陽の光の中、テンマスティは帰路についていた。
特殊なまじないのかかった家はもう見ることは出来ない。
「…相変わらず抜かりのない人ですね」
そんな認識できない物を遠目に見ながら苦笑する。
「恐らく、自分の在り方を見つけたからだろう」
あまり自信なさげではあった物の一番確信をもって言ったその言葉。
いつも周りの動きに合わせ、他人を最優先にしてきた闇色だ。
自分を優先するなどきっと難しい事だったのだろう。
だからこそ周りからの繋がりを絶った。
勿論完全に絶った訳ではない。
それは相手を傷つけてしまうだろうから。
そこまでして己を優先はしたくない。
だから見えないように隠れた。
これが正しい答えだろう。
「一体何年生きているやら」
溜息交じりに空を見上げる。
すっかり薄紫に染まった空は果てしない未来を映しているようだった。
「私も、自分探しを続けましょうか」
緩く顔を振ればよしっと気合を入れる。
折角天界を抜け出したのだ。
自分がやりたいことを探すために…____