2022/01/04 著
「夕焼け小焼けで日が暮れて 山のお寺の鐘が鳴る お手々つないで皆帰ろ 烏と一緒に帰りましょ」
ごうん、ごうんと重い鐘の音が鳴り響く。
暮れ6ツの知らせを聞けば子ども達はそんな歌を歌いながら遊びをやめ家へと駆けていく。
寒蝉鳴くこの時期はまだまだ暑さも残り陽も長い。
正午に河原に降り立ち水浴びをしたもののそこから長く歩きもすれば塩吹く身体を流したくもなる。
幸い大きい街なようで宿屋もあるようだ。
ふぅ、と一息吐け重い荷物を持ち上げ宿屋へと足を踏み入れる。
「いらっしゃい、一泊かい?」
暖簾を潜れば宿屋の青年が出迎える。
「あぁ、できれば湯浴みもできると助かるが」
「この日照り続きじゃ身体もベタつくだろう、丁度今日は客も少ないから貸切に同然で使えるだろう」
「それは有難い」
「しかし、お客さん変わった見た目だね?この辺じゃあまり見ない顔だが旅人かい?」
談笑を交えつつ宿泊の書簡と硯を手にしながらそう問い掛けてくる。
「はははっ、そりゃまぁ長くふらふらと放浪している者だよ」
手渡された筆で慣れない文字を書いていく。
どうにもこういった繊細な事はオレにはとても向いていない。
「炎燕(えんえん)と…すまないな、読みにくいかもしれないが」
苦笑いをしながら書簡を差し出せば青年は目を丸くしながらも受け取り部屋への行き方を案内する。
「あぁ、そうそうお客さん。湯浴みはこの廊下の突き当たりを曲がって中庭に出れば露天風呂があるから今からならおすすめだよ」
背中からその言葉を受け手をあげ意を示しながら2階の客室への階段を登る。
部屋は階段登って手前から三番目の部屋だ。
襖を開ければきちんと掃除された畳の香りが漂う。
六畳の部屋に踏み入れ奥の障子を開けると街の様子が伺える。
「おうおう、これは将来良く栄えると見える」
賑わう街の様子に顔を綻ばせれば早々に着替えの浴衣と手拭いを手に露天風呂へと向かう。
突き当たりを曲がり中庭へと出れば風情のある枯山水が出迎える。
揺れる炎で淡く照らされた錦松はその幹を黄昏の中へと存在を主張していた。
「この重く深い威厳もまた良し。宿主は余程丁寧な手入れをしているのだろう」
うんうん、と頷けば炎燕は竹扉を押し開ける。
中は石畳に岩でできた露天風呂が湧き出る湯を受け止めていた。
桧でできた棚にある、麻の籠に浴衣を投げ入れれば着ていた単衣をそそくさと脱ぎ捨てる。
流石に未使用の浴衣と同じ籠に入れるのは躊躇われ仕方なく棚へそのまま押し込む。
桶で全身を流し濡れた伸ばしっぱなしの髪を手拭いでまとめ露天風呂へと足をつける。
疲れた身体に湯がじわじわと染み渡る。
ゆっくり肩まで浸かりほう、と息を吐く。
宿主の言った通り客はオレだけのようでグッと伸びをしても何も妨げるモノはない。
「極楽とはこの事か」 空を見上げれば暁の色に金色の雲が浮かび、奥には藍が控えている。
これから暗い夜の帳が顔を出す。
緩む頬をパシリと引き締めれば立ち上がり身体を洗い流す。
皮膚を流れる湯は時折ジュウッと加熱され湯気を上げる。
熱された皮膚の所々にあるのは溶岩のような硬く鉱石化した箇所。
体内にはマグマの如く熱い体液が巡っている。
その体質あってか何もなくとも発火させる事ができ人々はその灯りを頼りに炎燕の元へとやってくる。
今回この街に立ち寄ったのも秋に入る前に灯りを恵んで欲しいという葦屋からの使いに呼ばれたからなのだ。
引用元:未公開・2026/04/26現在未完