地の章

◇魔女の鎮魂

2016年8月26日 著

吹き荒れる風…
黒く陰った空からは、いまにも大雨を予期させる。
振り向けば赤く燃え盛る街並み……
いままで生きてきたあの町に、いまでは帰る場所さえ存在しない。
「どうして、こんな…………」

ーーーーーー

魔女の町…セイラム
そこは魔女裁判の行われた忌まわしき町。
現代ではまず見かけなくなった魔女狩りが、古の時には当然のように行われていた。
町には港があり海をぼんやりと眺める。

あれから幾年過ぎたのだろう…?
最初はしっかり数えていた。
あの忌まわしき事件を忘れない為に…
殺された同胞のために…
だけれど、ながく生きる内に薄れていくものなのだな、と感じる。
今では魔術や妖術なんてオカルトの話。
皆、片手にスマホやタブレット、カフェテラスでパソコンをカタカタとしている。
カフェテラスは休憩の場所だというのに…
全く呆れてその場を後にする。

ーーーーーー

「絶対に見つかっては駄目よ!貴女は私たちの誇りなのだから!」
「でもっ、こんなの理不尽じゃないっ!!」
「だからといって、本当の魔女である貴女を差し出せば、ここにいる病人は救えないのよ、そう……私の大切な弟を………」
恐怖に狩られながらも、すがる思いで弟の病を治してほしいと懇願してきた20歳ばかりの女性。
どこの病院へむかってみても目も当ててもらえず、出会ったのは紅蓮の魔女。
そこにはたくさんの”普通では治すことのできない病”を抱えた患者がたくさんいた。
「それに、貴女にすがる人はたくさんいるでしょう?」
恐怖で震える唇を懸命に動かして励ます女性。
どうしてそこまでしてくれるのだろうか?
「お願い、逃げて……?」
微笑む女性に背を押され、魔女は町をあとにした。

ーーーーーー

丘の上の小さな公園。
海の見えるその木の麓に闇色が佇んでいた。
「……久しぶりね」
なんの確認をするわけでもなく紅蓮の魔女は話しかける。
「スタニアーニャ……あぁ、そうか……君もかい…?」
声に振り向くそれは闇色の死神。
紅の右目に光をたたえ、左顔面は長い黒髪で隠れている。
「あら、またなにか無茶をしたの?」
クスリッと笑うと傍らに佇む。
「………まぁ、な…………」
なんと答えていいのかわからずそっぽを向く死神。
なんとも言えない関係である。

ーーーーーー

町の郊外。
息を切らし木の根本に座り込む。
走ったのはいつぶりだろうか…
役人に見つかればたまったものではない……
無我夢中にただひたすら走り続けた。
空を仰ぐ…
いったいどこまで逃げればよいのだろう……………
そう考えていたときだった。

ガサッ

木陰の動く音 。
見つかった!?
ここまできて………!?
ひょこっ

顔を覗かせたのは銀髪の少女。
「……………………魔女?」
呆気にとられていると見事に当てられてしまった。
マズイ…………
「私は生命神……貴女を救いに来たの」

ーーーーーー

「まだ死神のままだったのね」
「君、戻ったら気付くだろう?」
「当然ね」
他愛もない会話を繰り返しながら歩を進めるのは丘の向こう側。
「あんたを求める人はいくらでもいるでしょうに」
「なに、わりとこちらの方が動きやすいけれどな…」
「バカなの?」
「悪かったな……」
むすっと膨れてそっぽを向く。
全くもって男性というものが板についてしまってる。
出会った当時、少女だったとは到底思えないものだ。

ーーーーーー

「都合のいいこと言わないでっ!!!」
バシンッと鞭打つ音が森に響き渡る。
怒りで我を忘れていた、とはまさにこのことだろう。
少女の体にはみみず腫や裂けた皮膚から血が流れ落ちていた。
それでも収まらぬ怒りは役人の声で冷静に戻らせた。

今、ここで見つかるわけにはいかない。
だけど、この忌まわしき事件を生み出したこいつを逃がすわけにはいかないわっ

ーーーーーー

「死神にしたのは君だろうに……」
「勝手に心を読まないで」
「ごめん…………」
どこにこんな素直な死神がいるのだか………
らしくなさすぎて溜め息すらもったいない。
「…………確かに死神にしたのは私よ。だけど簡単に戻れるでしょ、あなたなら」
丘の向こう側、白い十字架が並ぶそこは魔女狩り時代の犠牲者の眠る場所。
「…………別にこのままでもいいんだって」
これ以上話を続ける気がないのかずいずいと進んでいく死神。
つれないなぁ………

ーーーーーー

普通なら考えられない力で少女を抱え、町の外に逃げ出す。
服は血でベットリと塗れ、少女は恐怖でただ震えることしかできなかったのだろう。
逃げ出すことはしなかった。

燃え盛る町を遠目に、私はただ、その少女を許せなかった。
自分でつけた傷痕が生々しく、更に壊したくなるほどに…

ーーーーーー

ぱちんッと指をならすと 、色とりどりの鮮やかな花束が現れる。
死神は相変わらず素敵なセンスの持ち主だ。
陰気な私は白百合の花束が一つ。
これ以上テンションを下げてどうするんだ、といいたいところだ。
「………………………どうか、新たな生で、健やかに育ちたまえ………」
花束のリボンをするり、とほどくと風にのせられ花びらが白い十字架全土に行き渡る。
それを見届けると、手を組み祈る闇色の死神。
「……………」
あたしも傍らでそれに習う。
そして、ぽすんっと体を預けた。
「…!?……………………」
いきなりの行動に目を白黒させる死神。
そこまで驚くことでもないだろうに…
「……今さらで、その、言いにくいのだけど…………」
ぽそりっ、自分でも情けないくらいの小声。
全く度胸のないあたし。
「あのときは、本当にごめんなさいね……」

ーーーーーー

手に持ったナイフは白磁の美しい肌を赤で染め上げていく。
痛みによもや悲鳴もあげられない少女はただただ耐えることしかしなかった。
それをいいことにあたしは無我夢中で印を刻み込む。
紅蓮の魔女………
人間のなかで最も忌まわしい魔術を編み出した最後の魔女。
彼女は無我夢中だった。
怒りは時として人を狂気へと導いていく。

赤く地塗られた魔方陣。
そうして、魔術は発動する……………__________

ーーーーーー

「…スタニアー………ニャ…?」
きょとんとしたまま状況を把握できていない死神。
「だから、あのときは、酷いことして悪かったわねって…………」
それはいままで一度も口にしたことのない謝罪の言葉。
今ならわかる、少女の力量。
あのとき、逃げられなかったのではなかったのだ。
決して恐怖で力が入らなかったわけではなかったのだ。
逃げなかった、のだ。
あの鞭を振る舞われても、ナイフで刻み付けられても、懸命に怒りを納めるために、わたしの怒りで他の大切なものを傷付けないために、自らが犠牲に…
「……………ほんとに、いまさら…だね……」
驚きのあまり化けの皮はすっかり剥がれている。
「…気づけなかったあたしの責任よ、遅くなって、悪かったわ」
「……………スタニアーニャは、もう、怒ってない…?」
潤む瞳を懸命に崩さないようにする死神。
「バカね、じゃなきゃ言わないでしょ……」
はぁ、とため息を溢すと急に抱きつかれた。
「ちょっ、ばかっ……な、にを……!!!?」
「あーにゃぁぁぁ…………」
ずぴっと泣きじゃくりながら抱き締めてくる。
全く、本当はだいぶ甘えん坊なのだろうな……
優しく抱き締め返し、背中を撫でてあやす。
図体は男性のそれ175cmは優にあるのだが、なぜだか小柄に思えてしまう。
「よかったぁ………あーにゃに、ゆるして、もらえだぁ……」
「んな、情けない顔しないでよ、もう……」
キャラ崩壊も甚だしいがこれがすべてこの闇色なのだから仕方ない。
頭を優しく撫でてやる…


ほほ撫でる風が、新たな気持ちを運んできてくれた、そんな気がした数回目の魔女狩り鎮魂日だった。

引用元:https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=7173612